雑記 徘徊老人生活で感じたこと

最近、毎日図書館に来て自習室のようなスペースに座っている…のだが、モチベーションが湧かず何もできない。手が動かない。仕方ない、それがメンタルの故障というものだ。

 

とは言いつつ、転職活動は想定以上に成功した。

本番直前までネカフェで寝込み、ブラックコーヒーを一気飲みして、無理やり覚醒状態を作って面接に臨んだ甲斐があった。故障したエンジンを無理やり瞬間最大出力まで引き出して勝ち取った勝利だ。

 

都会の真ん中にある大自然に囲まれた図書館。
特に何かがしたい訳でもないので、秋空を眺めながらぶらりと歩き回る。ご老人が多い。まるで老後の余生を疑似体験しているような気分になる。

 

僕はずっと東京に憧れがあった。
父は東京生まれ東京育ちで、実家のある地方に転勤して来て、定住した。だから、父方の祖母に会うために、小さい頃よく東京に行った。祖父は実業家だったが早逝したらしい。

 

見栄っ張りな性格の祖母は、いつも東京のきらきらしたものを用意した。
原宿・南国酒家のクリスマスディナーは、田舎育ちの僕を都会かぶれのクソガキにするには十分だったし、都心の綺麗で上品な公園こそが、「大人の街」のイメージだった。
いまもそのイメージを追い求めてか、最近は都立中央図書館のある広尾の有栖川宮記念公園に通っている。南青山・広尾・西麻布辺りの雰囲気が好きで散歩もする。

 

ただ、さすがに毎日通っているうちに飽きてきた。
幼い頃の鮮やかなイメージも、通い詰めれば上書きされる。確かに、上品で落ち着きのある空間なのだが、幼い頃に感じたほどの圧倒されるようなものはない。

 

僕は好奇心を食べて生きてきた。
好奇心は、漠然とした期待や憧れを伴ったイメージを、知識・経験に変えていった。幼い頃の憧れだった東京という街は、既に知識・経験になってしまった。
いま、人生における期待や憧れのストックが切れてしまって、好奇心が生まれなくなってしまった。