諦めと肯定

自分は欲深く、繊細な性格で、ちょっとした事で傷つき、疲れやすく、心配性であるのだが、そんな自分を受け容れるのに30年かかってしまった。

強く正しく生きなさいと教育されてきたので、頑張ってその型に自分をはめ込もうとしてきたし、その型にはめられないダメな自分を否定し矯正しようとしてきたが、どうもそれは無理だという事に気付いた。

本当は周りの人みんなから好かれたいし、可愛い女の子がいたらそれが正しくなくてもセックスしたいし、仕事では何か大きな成果を残したいし、自分を天才だと思い込んでいるときは気分が良い。

一方で、人の視線が気になるし、ちょっとした人の言動や仕草から相手の気持ちを読んで顔色を窺っては一喜一憂している。

そういえば、僕はずっとヒーローになりたかった。戦隊モノではレッドになりたかった。一度しかない人生、最高の成績を残せなかったら意味がないという感覚があった。でも、自分は特別に優秀な訳でも、活発な性格でもなく、リーダーでもなかった。そのギャップをどう埋めるかというと、努力し続けるしかなかった。人よりやれば成果は残せた。

でも先述の通り、僕は繊細で傷つきやすく疲れやすい。20代、疲れや心の痛みから目を背けて、心を完全に壊すギリギリまですり減らし、7年間で2回休職した。次は再起不能かもしれない。

僕は生まれつきの才能もなければ、努力の量や質でも周りに負け、かっこいいヒーローにはなれなかった。でも、そういう自分と向き合って、無理をしないようにしたら随分と生きやすくなった。